保育所の理念

 

 

「各各安立(かくかくあんりゅう)」
各々がそれぞれ自分の立場に、力み、威張るのでなく、卑下するのでもなく心安らかに立つこと、金子みすゞさんの詩で言えば、「みんな違ってみんないい」です。
かつて保育所にエジプト、バングラディシュ、中国等の子どもたちが来ていました。保育所の子どもたちは言葉の違い、肌の色等に関係なく、自然に受け入れて、仲よく生活をしていました。大人はなかなかこうはいきません。しかし子どもたちのそのままを受け入れ、それを認め大切にすることで、私はここにいることを認めてもらっているのだという自分の存在価値を受け入れることができ、他人を認めることができるようになるのです。これは子どもたちだけではありません。保育士たちもいろいろな人がいます。それでいいと思っています。みんな同じでは面白くもなんともありません。個性を大切にしたいと思っています。

「慈心不殺(じしんふせつ)」
慈しみの心を持ち、命を大切にしましょう。
「山川草木悉有仏性(さんせんそうもくしつうぶっしょう)」という言葉があります。すべてのものには命があります。食べ物はもちろん、机や鉛筆にもいのちがある。鉛筆を途中で捨てるのは、えんぴつの命を粗末にしているということになるのです。食事の前の「いただきます」は、あなたの命をいただいています。ありがとうございます。のこころです。「ご馳走様でした」は、私に食べさせるために走りまわって準備してくださったかたと、今まで馳(はし)っていた(生きていた)食物に対するお礼の心でしょう。
ある大学の先生がこんなことをおっしゃっていました。「ゼミの卒業生が就職をしたのだが、気になってしかたがない。そっと会社を訪ねると、昼食の時間だった。食堂でその人が手を合わせていただきますと言っているのを見て安心して帰ってきた。」と。
しかし私たちは「煩悩具足の凡夫(ぼんのうぐそくのぼんぷ)、火宅無常(かたくむじょう)の世界は、よろずのこと、みなもてそらごと、たわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」という親鸞様の教えを聞き続けることしかできないのかもしれません。

 

 

  

これは、「おのおのそれぞれ自分の立場に安んじて立ちましょう」という仏典の言葉です。わかりやすく言えば「みんな違ってみんないい」ということです。

幼少期の子どもたちは、本当にたくさんのことを学んでいます。子どもは、一人ひとりに育ちたい方向があり、やりたいことが違っていて当たり前です。私たちは、決して大人の都合でみんなに同じことをさせてはいけないと考えています。

 

  

これも、「すべての生命あるものを大切に」という仏典の言葉です。
「命」があるものとはなんでしょう? それは全てのものです。色鉛筆にもコップにも命があるのです。命を大切にするということは、「壊れる命、なくなる命だから大切にしましょう」ということです。
園では、季節の花をたくさん植えています。子どもたちと一緒に水をやっています。「きれいな花がさくかな?」子どもたちは楽しみにしています。メダカやウサギの世話をしながら「大きくなってね」と声をかけたりもします。そして、花が枯れたとき、動物の命が亡くなったとき、みんなで悲しみます。
不殺生というのは、仏教の戒律で一番です。だけど、一方で「大切にしましょう」と言いながら、害虫はやっつけるし、“食べる”という行為もしています。それは仕方がない、せざるを得ないこともある。そういうこともまた感じてもらいたいのです。

 

  

大人の都合を押し付けるのではなく、見守ります。しかし、「見守ること」と「放任すること」は違います。
例えば、外遊びをしていて、そろそろ室内へ戻りましょうというとき、「いや、僕はまだ外で遊びたい」という子は勝手にさせるのか? そうではありません。
したいこと、やりたいことをやらせてあげる。でも、やれないこともある。その中での自由です。人間だれでも全部自由ということはありません。ここにあるものの中で何を選ぶかは自由。時間も、この時間からこの時間までは自由だけど、決まった時間になったら、みんな手を洗って食事の用意をする。そんな風にある程度生活が流れるように枠組みはあります。その枠組みの中で、自分の意志で動いていけるようになるというのが、私たちのいう自由です。
子どもたちは自分の意志で動いていくことで、心身ともに発達していくのです。私たちはその子その子の発達を見守るのです。

 

  

「お母さんと過ごす大切な時間、そこが少しでも充実してくれるといいな」そんなことを願って、昭和60年ころから、絵本の読み聞かせについてのお話をしてくれる人を招いて、保護者も一緒に研修したりしています。
参加したお母さんからは、「本当に絵本って大事なんだ。これからは私も読んであげます。」というような声をいただいています。
子どもは好きな絵本を借りて帰ることができます。その絵本を家で大好きなお母さん、お父さんに読んでもらう。子どもにとっても大人にとっても何よりもかけがえのない時間になればいいなと思います。

 

  

仏参歌以外でピアノに合わせて歌う、ということはずいぶん前からやっていません。
私たちは音楽を日本に昔からある“わらべうた”で子どもに体験してもらいたいと考えています。わらべうたは、少ない音と狭い音域でできていて、子どもにとって聞きやすく耳に残りやすくうたいやすいものです。また、幼児になると、集団でわらべうたで遊ぶことにより身体的発達や知的発達など様々な発達を促します。
耳に残りやすいから子どもは大人と何回も遊んだわらべうたを一人遊びの時に口ずさんだり、友だちと一緒にうたって遊んだりしています。
クラスのあちこちでそんな光景が見られる保育所でありたいと思っています。

  
西光寺保育所のこだわり